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御法の華と種まき

更新日:2023年11月24日


形而上学会
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種まきと御法の華


あれは2017年の大晦日。

家内の実家で正月を迎えるために家族が集まっていました。お恥ずかしい話ではあるのですが、お金もなく、お正月を迎えるおせち料理がとても寂しい状態でした。


皆でテレビを見ていましたが、私はテレビには興味はなく、テーブルの上の料理にも箸をつけていいものやら悩んでいました。


テーブルの料理皿の中にごぼうの煮つけのようなものがあり、軽くつまめる料理はごぼうだけでしたので、私はごぼうに箸をつけ始めました。

しばらくしたらお兄さんから、「ごぼうばっかり食べんといて。明日も食べるんやから。」と叱られてしまい、家内に絵姿を頂くことになりました。


そこで出た絵姿に、「御法の華を咲かせなさい」という絵姿が出まして、それってどういう意味だろう? と首をかしげておりましたが、最近になって思うことがあります。


華を咲かせて一番癒されるのは自分自身だと。

種まきが「他人の為ではない」という教本の言葉の意味がようやく解った気がします。


母が生前、庭でバラの花を育てており、バラの花がきれいに咲いたときは、本当にうれしそうでした。

その花同様に、種をまかれたお相手の方に、自分が一番大変な時に助けられて、心の支えになってくれているのが現実です。種をまいた相手に、「伝えてくれてありがとう」と言われ、頑張っておられる姿を見るのがとてもうれしいものです。


こうして咲かせた「御法の華」は何にも代えられない華となって、自らの人生の華になると気付かされました。


「御法の華を咲かせなくちゃ!咲かせてやる!」みたいな気持ちでは、絶対咲かない「御法の華」。


「絵姿に出たから」という気持ちでも絶対咲かない「御法の華」。


バラの花を咲かせるような想いで、育てる気持ちで、時間をかけて、手間暇かけて、見守りながら…。今は亡き母が教えてくれた「御法の華」の育て方でした。


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